「東京虞輪」

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東京虞輪

「痴霊記三」「痴霊記四」

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『式日』と『滸』

冠された「滸」という名の様に、それぞれの書き手の彼岸から編まれた言葉が流れ着く。或いはそれらが呼応しあう。今、私も水際に佇みながら沖を眺めている。今しがた、海市に屹立する純白の塔が沈みはじめたところだ。」『滸(1号)』安里琉太「創刊に寄せて」

 

私ごときの思いつくことはすでに誰かが思いついているであろうし、あくまでまとめる必要がありそうならばいつかまとめたいと思っているが、俳句作家の1タイプとして、自分自身がもっているあるイメージから、あるいは、あるイメージ自体において、句を立ち上げていく(もちろんすべての句がそれによって書かれているとは限らない。そういう句が所々で顔を出すということである)、そのような作家がいるのではないかと思う。そのようなイメージを柄谷行人の〈可能性の中心〉というワードを私なりにアレンジして〈中心としてのイメージ〉という言葉で私はとらえている。客観写生だの花鳥諷詠だのといった松山人の俳句憲法とは無関係に、また新傾向俳句的な実感だの心理だのとも別に、〈中心としてのイメージ〉を拠点とする書き方。そういう作家は以前からいたのか、最近存在しはじめたのかわからないが、げんに私がそのように書いているからしょうがない。

 

〈中心としてのイメージ〉は一つとは限らないし、一つしかない人間もすくないだろう。ほとんどは複数のイメージの集合体であると思う。私の場合は父方の祖父母が経営していた、薄暗い和室にゴミ屋敷のごとく大量の着物や置物が置かれている不気味な質屋や、自作のものを含む無数の工具や廃品を納めた―これもまた薄暗いのだが―母方の祖父の作業用の部屋といった、ヴンダーカンマーじみた空間と、曇った空と黒い海があり、蠅、海鳥の糞、そして魚の血の臭いに満ちた漁村のような空間。あるいは、幼いころから幾度となく通っている、様々な素材によってできた奇妙な彫刻が野山のあちこちに点在する地元の美術館の野外展示。それこそが私の〈中心としてのイメージ〉だと思うのだが、そういうものを自然と思い浮かべながら、そしてそういうところへ読者を連れてゆくためにペンを走らせる。もちろんそういうものにとらわれすぎてもいけないのだが・・・・・・

 

私は、安里琉太が『滸』に書いた「創刊に寄せて」という文章と第一句集『式日』を読み、彼に〈中心としてのイメージ〉があるとすれば、それは「創刊に寄せて」の文末において出現する〈私も水際に佇みながら沖を眺めている。今しがた、海市に屹立する純白の塔が沈みはじめたところだ。〉というイメージがそれではないかと思った。(〈私も水際に~〉以下は、じつは安里の『滸』という雑誌に対するイメージであるのだが、そうであると同時に、)これこそが安里の句の源泉ではないか、と。(私は「創刊に寄せて」の、冒頭に引用した部分読むまで彼がそういう作家だとは思わなかった。彼はそれこそ『式日』の栞に鑑賞を寄せている岸本尚毅のような退屈な〈俳句のセンセイ〉たちが満足しそうな表現を目指して措辞を凝りに凝ったものにするような、すでにある理想的な俳句、俳句らしい俳句に向けて機械的に言葉を引用したり操作して接近してゆくことにより多少の個性を獲得するタイプだと思っていたし、私は、彼については、そういうものを書いて楽しいのであれば一生やっていればよく、そのためには『銀化』や『群青』なんてのは確かにちょうどいい場所だと思っていたが、『式日』や『滸』を読み、そういう印象をやや訂正しなければならないのではないかと思った。)

 

あをぞらを冷えたまへがみがちらつく

(『滸』1号「郵政」より)

 「あをぞら」や「冷えたまへがみ」というから主体は外にいて風にさらされている。前髪が「ちらつく」というのは、何かを見ようとしているが前髪がその目を遮っているからである。この句は〈沖を眺める〉という行為と結びつく。

 

(以下の句はすべて『式日』より引用)

をみならの白き日傘の遠忌かな

樹が枯れてゐる真つ白な家の上

これらの句に描かれた複数の白い日傘、白い家は〈海市に屹立する純白の塔〉に類似している。

流れつくものに海市の組み上がる

における〈海市〉は純白の塔が屹立する神秘的な海市を想像させるし、

それぞれに淡き服着て春の海

も〈水際〉に立ち沖を眺める者たちの姿を想像させる。

ひとつの読み方として、これらの句の背景に〈私も水際に佇みながら沖を眺めている。今しがた、海市に屹立する純白の塔が沈みはじめたところだ。〉という安里の〈中心としてのイメージ〉を見出すことが可能だろう。もちろんそれは客観的、合理的、学術的な俳句の読み方ではないだろうが。


  以下は直接に〈私も水際に~〉のイメージとは結び付かない句(そういう句が多数である)の中からいくつか句選んでみたい。
蠟梅のまだ匂ひなき黄なりけり
金亀子飛ぶことごとく遺作の繪
葡萄枯る地の金色の荒々し
永き日が詩稿に尽きて蝶と貝
くわいじうはひぐれをたふれせんぷうき
薔薇濡れてゑてがみにゑのありあまる

 

 四句目がとくに良い。「蝶と貝」で終わるのが面白く、また、蝶と貝は色も形も動きも違うが、それらが平然と並べられているところが詩情を生み出している。「蝶」と「貝」が詩のなかに登場するオブジェであるのか、詩を書いている主体の目に映っているものなのか不明であり、詩を書くことと詩に書かれたことの間にこの蝶と貝が介在しているような感じがする。「詩稿に尽きて」もなかなか書けない措辞である。『式日』は全体的に措辞が小賢しいが、その小賢しさを突き抜けて一句として完成しているものもあり、五句目のような冒険もあり、意外と評価が難しい句集ではないかと思う。

 

 

・強制された〈風土〉について

句の鑑賞はここまでにして、ふたたび、『滸』の「創刊に寄せて」について、別の視点から取り上げるが、ここで安里は『滸』について「「沖縄の若手」として呼びかけられ、時に「沖縄」を暴力的に欲望されることがある書き手が、いくらか書きたいものを書きたいように書くことのできる場となるといい。」という。

ほとんど同様の問題意識が私にもある。安里の言うカッコつきの「沖縄」が、その土地に関する歴史や文化、風土への薄っぺらい認識のようなものを含むのであれば、そういうものが〈暴力的に欲望〉されるのは私の地元においてもそうである。私の地元のある俳句賞では、風土を描いた作品がそれだけで高い評価を与えられるということが平然と行われた。風土に対する忠誠が求められて、俳句自体が優れているかどうかは二次的な問題になるという、風土至上主義的状況が地方俳壇において是認されている。はっきりいって、愚かであるとしか思えない。創造性もなにもない〈風土〉依存、〈風土〉礼賛の駄句空間で惰眠を貪っているのが私の地元の俳人である。私はそのような空間に絶望し、地元の俳人との連帯を拒絶している。しかし安里や沖縄の若手は積極的な道を選んだ。自分たちの場を作るという道である。

安里はまた、このように言う。『滸』を「「沖縄」に問いを持つ人々が、それぞれの試みの許に編み出した言葉を記しておく、そのような場だと思っている」と。難しい挑戦だとおもうが、〈暴力的に欲望される〉ことに対する抵抗は、『滸』のような場を維持してゆくことでしか、なしえないだろう。この雑誌で沖縄の書き手が、驚くべきものを書きあげることを期待したい。



追記

愚人正機の記事「〈地方〉俳人の限界 あるいは キャベツの切断と牛の飼育がもたらす予期せぬ奇跡」より抜粋。


 

先日、ある本が私のもとに届いた。

北海道文学館俳句賞作品集、『架橋』である。

ここで注目したいのは、この賞の受賞作品よりも、この選評において、選考委員が語っていることである。私はそれを読み、まったくもって無能な〈地方〉俳人である選考委員どもに血だらけの牛の屍を投げつけてやりたくなった。

・・・中略・・・

 

俳人協会幹事、北海道俳句協会常任委員の辰巳奈優美は、〈大賞に推した『牛を飼ふ』は、酪農家として、寒い季節の牛たちの表情を愛情深く詠うとともに、北海道の風土を伝え、繊細かつ力強い作品に仕上がっていると感じた。〉と述べ、また、〈記念賞に推した『あをあらし』は北大寮時代の回想とも思われる。〉と述べる。

北海道新聞俳句賞選考委員の永野照子は〈全体には北海道の風土を詠う作品や。個性的な作品との出会いが印象に残った〉という。

他にも、「風土」への傾倒をにおわせるようなコメントを残している選考委員が数名いる。

全体的に、作品のこういうところが優れている、という以前に、いかに風土が反映されているか、北海道への忠誠があるかが評価されているようなきらいがある。

 

最も酷いのは、北海道俳句協会会長の源鬼彦で、〈北海道の文化や歴史などを含む風土を礎としていると思われる応募作品に注目して選考した。そういう作句姿勢がこのところ希薄になってきていると憂いてもいるからである。いわゆる東京を中心とした全国区的な俳句には、その地域の顔が無いと断言できるからである。〉と述べる。あまりにも狭隘な俳句観である。これはもはや風土至上主義であり、〈地方〉俳人の究極の姿ではないか。

 

憂うのは勝手だが、作品の〈礎〉に風土を求めるのであれば、開催要領にも募集チラシにもその旨を(せめてキャッチコピーみたいなものでも)記載しておくべきだが、そこには「風土」の風の字も書いていない。風土を意識せず、それでも自己の才能をかけて作品を送った応募者も少なくないはずだが、そういう存在を軽視する源鬼彦のこのような態度には疑問を抱かざるをえない。

 

北海道の風土が描かれているとして、それはテレビドラマなどで描かれ消費されるものとしての風土と、また、東北などの風土と、何が違うのか、都市としての札幌を詠んだ場合はどうなるのか、タイトルに地名が入っていれば満足なのか、それらについて、どう区別をつけてゆくのか。拠り所とするのは「実感」だけなのか。それを示すことなく、源のように風土を安易に賛美する典型的〈地方〉俳人の浅はかさには呆れてものが言えない。しかもそのような人物が北海道俳句協会会長を務めていることに、私は、北海道の俳句の可能性について、落胆するところがある。源のような態度は、北海道の俳句から、風土詠を引き算したら何も残らない、というような状況、また、風土詠以外は読むべきものがない、という認識を生み出しかねない。「風土」を錦の御旗として、他を圧し潰す権利は、誰にもないはずだ。

 

獄舎と読者

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 〈私はもう評論を書くのを止めようと思っていたのだ。俳人だから、句だけを書けば良いと思っていた。だが、令和元年の師走に、髙田獄舎の句群を発見した時、一年半振りに、論じたい思いを抑えられなかった。「瘴気の子」論は三時間で草稿を書いた。完成稿まで三日掛からなかった。それくらい昂った。〉竹岡一郎「髙田獄舎レクイエム」


 佐藤文香や西村麒麟など、その俳人と自分との人間関係を通してその俳人の句を消費するような若手が多くてうんざりするなか、去年急逝した髙田獄舎の連作について、竹岡一郎が2020年3月8日の週刊俳句672号に「髙田獄舎レクイエム」を寄稿したのは、それらの有象無象とは一線を画する。


 「髙田獄舎レクイエム」のおどろきは、佐藤文香や関悦史について語ってきた竹岡一郎という書き手が、なぜか無名無冠の、しかも佐藤や関を批判してきた若手の句について熱のこもった長文を書いたという不思議さと、この記事で語られている句はほぼネット上やネットプリントに掲載された作品であるというところにある。

 普通はそうはいかないだろう。若手の句を取り上げるにしても、それなりの賞を獲得して、『天の川銀河発電所』に入集するなどして注目されていて、出版社や協会、結社から愛されていて、句集も出版しているような人間の句について語るだろうし、そういった俳句界の「いま」がわかりやすく反映されたような文章でなければそもそも誰にも読んでもらえないだろう。

 ところが、竹岡が書いたのは結局俳句の賞に無縁のまま、しかも一冊の句集も出さないままあの世に旅立った無名無冠の髙田の句についてであった。しかも句の出典のほとんどが書籍ではなく、プリント、というよりネット上にあるPDFのデータである。正気とは思えないが、実際に竹岡がそういうものを書いた。そんなもの書いても黙殺されるだろうに、そういうものを書いたのである。我武者羅だと思う。しかし書かれた髙田も地方俳壇や『俳句年鑑』のような場所から黙殺されながら書き続けた我武者羅であった。我武者羅な俳句の書き手には我武者羅な論客がつくということなのかもしれない。


 今思えば、菅原慎矢や八鍬爽風、田中泥炭、福田若之など、竹岡以前に髙田の句について語った俳人は数人いた。彼は、知名度さえあれば句の出来不出来に関わらず持ち上げてくれる「信者」やお互いを褒め合って上に引っ張り上げるための天の川島宇宙的「お友達」に無縁だったが、竹岡のような「読者」には案外恵まれていたのではないかと思う。その部分は、最後まで惨めだった髙田の俳句人生で唯一、幸福であったところではないだろうか。

 しかし、今は亡き髙田の句業を受け継いだ私としては、竹岡の鎮魂歌やこれまで書かれた句評に満足して油断することなく、むしろこれらを乗り越えることを目指さなければならない。書き続ける覚悟を与えてくれる「読者」に感謝しつつも、「読者」を突き放すように、追いつかれないように走りつづけたい。そして私は最後まで逃げ切るつもりである。いずれ書きあげる1300句の連作について、書けるものなら書いてみろと思う。書けたなら書けたで、その時は一緒に、お互いの我武者羅さについて爆笑しようではないか。 

 

追記

八鍬爽風のnote「機械仕掛けのピザまん」


 福田若之のウラハイ記事「〔ためしがき〕髙田獄舎と言葉の《変な‐文字‐T‐シャツ性》


 


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髙鸞石

短詩・小説などを。

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筆名は「高師直」「親鸞」「石川淳」からそれぞれ一字をとり、組み合わせました。 ブログ「悪霊研究」G氏賞と春殴会。俳句ではなく「短詩」。「俳句」は辞めた。
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作品掲載・発表等
2019
俳句四季12月号「溶ける鯨」5句
ネットプリント「穢れた魂」18句
2020
詩客「殺戮の神」10句
『俳句αあるふぁ』増刊号 遠藤若狭男の作家論と20句選
ネットプリント「痴霊記一」「痴霊記二」36句
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